
| 富田城跡 | ||
【城郭の概要】
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【現地の状況】 東富田の南方旧字城山、堀田、奥殿、垣前がのこる。田畑地であったが現在は富田幼稚園・富田小学校敷地となった。富田三城のうち西ノ城にあたる。 【城郭の歴史,その他情報】 富田家、四十八家の一。伊勢平氏冨田進士家資の後胤。 南部次部、南部三郎少輔居城 永禄10年(1567)8月、信長の北勢侵攻の時、木俣隠岐守の先導による北勢の諸城主に攻略され南部氏は降伏。 旧土御前神社は南部氏の鎮守。 南部氏以前に中原肥前守という人が当地の地頭であったが、妻の嫉妬の怨念のため一家滅亡し、その霊を静めるための踊念仏が始まったという。(桑名志) |
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