【城郭の概要】
| 所在地: |
四日市市大矢知町字城ノ山 |
| 遺跡番号(県) |
4013 |
| 遺跡番号(市) |
250 |
| 別 名 |
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| 築 城 |
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| 城主 |
大矢知経頼 |
| 区 分 |
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| 遺構の保存状態 |
消滅 |
| 遺構と規模 |
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| 遺物 |
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【現地の状況】
朝明川の南岸、標高50mの高台にある。弥生時代の大城遺跡に隣接する。主郭部分には朝明配水池が建設されている。
【城郭の歴史,その他情報】
南部遠江守居城。富田南部家の分家【五】。
文中元年(1372)3月大矢知城の南部左京亮頼勝が叛き、仁木義長に与力したので、北畠顕信は朝倉・見永七朗らに大矢知城を攻めさせたが破れ、茂福城に篭城。国司は大宮入道親子に2000余騎の兵を送りこれを討つ(北畠暦記)。
永録11年10月信長のため滅亡【五】。
萱生の族大矢知近江守とも。信長の伊勢平定後は柴田勝家に仕えたという。http://homepage1.nifty.com/kitabatake/kitabatake11.html
大矢智遠江守経頼は永禄11年信長に誅せられる。大矢智の城主。越前柴田が党という(勢国見聞集)
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