橘氏
楠氏(楠城主)(治田城主) 木俣氏
敏達天皇裔の美努王の妻県犬養三千代が橘朝臣の賜姓により、子息諸兄、佐為も橘姓を名乗る。 その後、橘氏は藤原氏との幾度かの権力闘争に破れ、中央政界を去り受領として地方に土着する。 後裔で有名なのは南北朝時代に出現した楠木正成で、後世に楠木正成の末裔を名乗るものが多い。 楠木正成の出自については遠保の後裔など諸説があるが、太平記などの為政後裔とする旧説を掲げる。
四十八家(TOP)