東城跡

【城郭の概要】

所在地: 桑名市(城下)
遺跡番号(県)  
遺跡番号(市)  
別 名  
築 城  
城主 伊藤 実房
伊勢 氏善
区 分  
遺構の保存状態 消滅
遺構と規模  
遺物  
備考  

現地の状況

 慶長の町割以前現在の桑名城周辺は大山田川と員弁川が川内(木曾三川の河口)に合流するところで中洲であった。東城はこの中洲にあったというが、桑名城築城により消滅した。
 近世桑名城内旭丸と二の丸の地がその遺跡であるという。

【城郭の歴史,その他情報】

 城主伊藤右近という。
また七兵衛景清の末伊東兵部少輔実房が関東より来住、桑名郷は藤原始祖を氏神としたため伊藤と改め氏人として東の城主となった。大永3年(1523)9月23日卒、常光院殿という。
息男の豊左衛門実倫、3000石を領して豊臣家の幕下に属した。朝鮮出兵で功ありという。(久波奈名勝志)

 一に伊藤氏武左衛門祖の市平は員弁郡味岡庄(桑名市小貝洲)に居館したがある年高波に潰滅し、烏の松原(西の城?)に移るという(勢桑見聞略志)。
 また桑名城主伊勢三郎氏善とて国司北畠氏に属したが、永禄4年(1559)春年始の賀に国司の居城へ赴いたところを滝川一益に奪われた。伊勢氏は悪政であったところ一益が仁政を施したため桑名蟹江の百姓に多いに悦ぶという(絵本太閤記)。伊勢氏については北畠国司家の配下
縄生城栗田監物季重が伊勢新九郎氏綱(北条長氏)の一族という。

城郭別一覧(TOP)