| 東城跡 | ||
【城郭の概要】 |
【現地の状況】 慶長の町割以前現在の桑名城周辺は大山田川と員弁川が川内(木曾三川の河口)に合流するところで中洲であった。東城はこの中洲にあったというが、桑名城築城により消滅した。 【城郭の歴史,その他情報】 城主伊藤右近という。 |
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| 一に伊藤氏武左衛門祖の市平は員弁郡味岡庄(桑名市小貝洲)に居館したがある年高波に潰滅し、烏の松原(西の城?)に移るという(勢桑見聞略志)。 また桑名城主伊勢三郎氏善とて国司北畠氏に属したが、永禄4年(1559)春年始の賀に国司の居城へ赴いたところを滝川一益に奪われた。伊勢氏は悪政であったところ一益が仁政を施したため桑名蟹江の百姓に多いに悦ぶという(絵本太閤記)。伊勢氏については北畠国司家の配下縄生城主栗田監物季重が伊勢新九郎氏綱(北条長氏)の一族という。 |
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