【城郭の概要】
| 所在地: |
員弁郡i員弁町宇野字屋敷 |
| 遺跡番号(県) |
3853 |
| 遺跡番号(町) |
18 |
| 別 名 |
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| 築 城 |
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| 城主 |
宇野右馬助 |
| 区 分 |
台地 山林、畑地 |
| 遺構の保存状態 |
消滅 |
| 遺構と規模 |
ピット、井戸 |
| 遺物 |
陶磁器片、寛永通宝 |
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【現地の状況】
もんのしろ城に隣接する。
員弁警察署敷地として昭和58年(1983)、員弁町教育委員会による発掘調査が行われた。明確な城郭遺構は検出されなかったが、柱穴と見られるピット群などが報告されている。
【城郭の歴史,その他情報
後藤右馬亮または後藤右馬之亟實重の居城。後藤實重は後藤兵衛尉實基の次男民部尉の末葉という【五】・(員弁雑志)。後藤は三重郡宇野部にもあり。
また宇野右馬助とも(三重国盗り物語)
(五鈴遺響)は(伊勢軍記)の三重軍宇野部家を当郡になしとして、員弁郡の宇野に当てており、以来諸地誌この説を受けて、宇野城主を後藤氏としている。
三重郡の宇野部は采女(うねべ)である。永禄10年(1567)2月、滝川一益の北勢侵攻により諸城主とともに降伏。
永禄11年(1567)、信長の北勢侵攻により滅亡という。(信長の北勢侵攻は2月)
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